龍田比古の奥山日記

愛する人を追い、斑鳩、三郷、平群、生駒、安堵…龍田川流域など大和を歩いている。気持ちのいい石室によこたわるかとおもえば、万葉のイリュージョンに垣間見たり、十一面観世音が暗号を呟く。…生駒郡という現代の地名を旧平群郡と読み替えると、いろいろなことが見えてきました。

近藤史恵 「キアズマ」

ロードレーサーという種類の自転車との出会いを描く。
フランス留学から帰り、日本の大学に入る主人公。彼は通学にはモペットに乗っているが自転車部のグループと不幸な接触、逃げ出したが追いかけられ今度はトラックと出会いがしらのアワヤの状況で自転車部長に怪我をさせてしまう。お侘びに何でもすると言ったばっかりに自転車部入部を求められロードレーサーと出会う。

ロードとの出会いのいくつかを引用して並べてみたい。あぁ!それそれと我が膝をたたく文章で、かつて言葉にできなかった状況や気持ちを日本語にしてくれている。
自転車は確かに爽快だ。風を感じるし乗った後の疲労には何かしらの達成感に似た感覚が質量を持って存在する。
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「レーサーパンツは、パンツを脱いで直に穿くんだぞ」
「ええっ」p.33
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ええっ!?
まったく同じ感じ。びっくり。ワセリンまで使わなかったけど…

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スピードが落ちると同時に足をつこうとして気づいた。
ペダルとシューズが完全に固定されている。どうやって外すのかがわからない。p.38
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立ちごけ、これ本当にやってしました。
まず外し方が馴れていなくてタイミングが遅れ両足がペダルに着いたまま横にゆっくりバッタン
左足を外して停車準備に入ってから、急に右側に倒れた。
信号待ちで停止線の手前で車道端に停車。外して支えるはずの左足が草の中に吸い込まれ溝深くはまってしまった。地球ははるか下だった。こういう時、恥ずかしくて周りのドライバーや歩行者の視線を痛いように感じる。

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ほんの少しペダルを踏むだけで、ロードバイクは羽根でもついているかのように軽やかに進む。
こんな乗り物ははじめてだ。昔乗っていた自転車ともまったく違う気がする。もちろん、エンジンのついたモペットとも。p.50
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最初のスポーツバイクはマウンテンバイクだった。マウンテンバイクはこの時、日本ではまだ流行らず、サンフランシスコではこの話題でもちきり。近鉄大和西大寺駅前のキタサイクルのオリジナルを購入した。そのショップのおもしろい親父さんに意気投合、いわれるまま買うことに決めた。ダウンヒルに少し比重が偏った極端に太いタイヤを装着、アルミの鈍い銀色の短いフラットバーと大き目のグリップも新鮮だった。でも山登りは過酷、ヘビーなバイクにヘビーな僕。だから初めてドロップハンドルの細いタイヤにまたがったトタン、体も心も浮き上がるようだった。

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息が弾みかけたとき、ハンドルを握っていた指がなにかレバーのようなものに触れた。
なんだろう、と思いながら、そのレバーに指をかけてにぎりこむ。
カシャッとなにかが切り替わる音がして、急にペダルが軽くなった。
驚くと同時に気づいた。ギアチェンジだ。ディレイラー、つまり変速機がついていることをすっり忘れていた。
もう一度レバーを引くと、またペダルが軽くなる。どうやらもっとも重いギアでずっと走ってきたようだ。引き離されるはずである。
ペダルを回すごとに進む距離は少ないが、それでも軽やかに進んでいける。p.53
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このギアチェンジに馴れると上り下りが楽しくなる。馴れるまでが大変だった。ゆっくり有酸素運動するつもりなのに焦ってしまい、息切れしながら飛ばしてしまう。どうしてだろう。
生駒聖天と呼ばれる生駒山宝山寺への参道。表参道は近鉄奈良線生駒駅前から続く参道、少し上るとすぐに石段になり、桜並木が美しい。もちろんこの参道はバイクでは無理。同じ駅前から続く自動車道がバイクには相応しい。下りは自動車と一緒に走ることができる。変速機に馴れたのはこの道を往復するようになったから。
もう一つ「裏参道」とでも呼ぶべき自動車道がある。センターラインはなく狭い道で、途中江戸時代の参道と合流したりする。

傾斜もきつく、車が対抗してすきまもなく止まってしまうと下車することになるが、次にまたがるとブレーキをかけたままずるずるとスリップしつつ後退する。あまりの傾斜にブレーキがきかない恐ろしさ。幸い止まったところで無理にまたがって運転すると気をつけないと前輪が空中をさまようウィリー状態になる。
暗峠越えのあの地獄のような傾斜にも匹敵する。暗峠を経由する国道308号線にはもう一つすごい傾斜がある。距離は短いが生駒山系の東が生駒谷で、そこからさらに東方を目指すと奈良に行き着く。その前に立ちはだかるのが矢田丘陵。国道沿いに生駒市自慢の小瀬の足湯「歓喜の湯」(無料)があり、その足湯から先は信じられないような細い国道。峠に差し掛かる直前に決して止まれない上り坂がある。止まると自転車も自分の足もズルズルスリップしながら滑り落ちる。自動車だってよく似たもので、その坂で止まりたくない初心者や無精者はクラクションを鳴らしながら疾走してくるからたちが悪い。お気をつけ

て。

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頭の中が一色に染められてしまったようだった。
自転車のことしか考えららない。授業に出ていても、テレビを見ていても。頭の中にはいつもロードバイクがあった。p.58
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これでは恋のようだがほんとうにそんな気持ちがわいてくる、というような熱い期間もある